NEWS 15 Oct 2016-TOPICS

月刊EXILE 2016.10月号 永野さん対談

月刊EXILE 2016.10月号 永野さん対談画像①
月刊EXILE 2016.10月号 永野さん対談画像②
月刊EXILE 2016.10月号 永野さん対談画像③

黒木啓司(以下、黒):先日は、お忙しい中Abema TV®『「YEAH!! YEAH!! YEAH!!」リリース記念 PARTY』に出演していただき、ありがとうございました。

永野(以下、永):こちらこそありがとうございます!めちゃくちゃ楽しかったです。

─ そのときが初対面だったんですか?

永:今年の初めに、うちの事務所の社長から“EXILEの啓司君がおまえに会いたいって言ってるから、これから来い”って電話がかかってきて。そんなの嘘でしょって思いながら行ったら、マジで社長の隣に啓司さんがいてビビッたのが初対面です(笑)。

黒:僕、永野さんが同郷だと知っていたので、お会いしたかったんです。

永:啓司さんが宮崎出身なのは知ってましたけど、自分とは違う世界の人だとずっと思っていて。でも、とろサーモンの久保田くんが中学の同級生だと聞いて、急に親近感を覚えちゃって。久保田くんと僕は学年は違うけど高校が一緒なんです。

黒:永野さんは子供のころから芸人さんになりたいという夢を持っていたんですか?

永:子供のころからお笑い芸人になりたかったですね。ただ、地元では宮崎弁で友達を笑わせていたけど、東京では宮崎弁のままじゃダメだと思って標準語に変えたら相当苦労しました。

黒:昔はかなり尖ったお笑いをされていたんですよね?

永:ええ。最近やっとテレビに出させてもらえるようになって、メジャー感を出した笑いをやってますけど、昔はエッジ利いてなんぼの尖った笑いをやってました。注目されるようになった最初のころもアングラぶってたんですよ。“売れている人たちと俺は違うぜ!”っていう感じをわざと出していたし。でも、それじゃダメなんですよね。よく考えたら子供のころの自分はシル ヴェスター・スタローンが好きだったし、映画『ロッキー』が大好きだったな、夢に向かって戦っている熱い人に惹かれるんだな、と。だからEXILEさんや EXILE THE SECONDさんの今までの熱いヒストリーを知ったときは胸が熱くなっちゃって。で、何が言いたいかって言うと、EXILEは日本のロッキーだと。人数がたくさんいらっしゃるんで“ロッキーズ”なんですけどね(笑)。

黒:(笑)。

永:あと、僕は映画『8 Mile』のストリート観や仲間同士の熱い感じも、まさにEXILEじゃないか!と思っているし、21年もサブカルのアングラなところでお笑いをやっていた自分がEXILEさんとウマが合うのは精神的に“N.W.A.”(アメリカの伝説的なヒッ プホップ・グループ)で繋がってるからなんじゃないか、と。ま、N.W.A.は今年覚えたところなんですけどね(笑)。

黒:(笑)。僕らのストリート時代もそうだったんですけど、尖っているときはひとつの方向しか見ていないから視野が狭いし、結局自分のエゴを人にぶつけているだけだったような気がします。でも、いろんな層の人に伝えられるメジャーなフィールドは広がりを生んでくれる場所なんだと思うようになりました。永野さんは苦労されていた時代に、芸人を辞めようと思っ たことはありましたか?

永:30歳になるころに、さすがにもうダメだと思ったことがありました。周りにも30歳くらいでお笑いに見切りをつけた人たちがたくさんいたし。俺のことを心配して、宮崎に帰って来い、こっちで新しい仕事を 紹介してやるぞって言ってくれた人もいたけど、苦しくても東京でお笑い芸人を続けていたほうが自分にとっては幸せだったから、辞められなかったんです。 月日は流れて2014年の暮れあたりに、いい意味で気楽な感じでやったネタに対して、永野って面白い ねという反応があって現在に至るんですけど。だから、いつどんなタイミングで売れるきっかけがやってくるかわからないもんだなと思っています。

黒:どんなに努力しても結果が出せなかったのに、ふと力が抜けたときにいろんなものが舞い込んできたりしますよね。

永:それまでは売れている人たちに対して、羨ましい気持ちの裏腹で、ふざけんなよって感じでいじけていたし、やっかんでいた自分がいたけど、“今に 見てろよ!”っていう気持ちを捨て切れなかったですね。啓司さんは今スポットライトが当たる場所にいるけど、ただ踊れるというだけで簡単にその場所が手に入ったわけじゃないでしょう? “なにくそ、今に見てろよ!”っていう熱さや人間力やパワーに人は惹かれるんじゃないかな。

黒:僕も気合いや根性でのし上がってきた人に惹かれます。

永:僕もそうだけど、啓司さんも宮崎から東京に出てきたからには一発当てないと帰れないくらいの決意をして出てきてるでしょ?

黒:はい。地元のダンサー仲間たちから、東京に行ったからって無理だよって言われても、ひと旗あげないと帰れないと思ってました。

永:僕、今年「まつり宮崎」に呼んでもらえたんですけど、売れたことでようやく宮崎に恩返しができるようになったのが嬉しくて。

黒:僕も宮崎や九州を盛り上げたいという思いで、 “THE NINE WORLDS”プロジェクトを立ち上げたので、一緒に盛り上げてくださる仲間をどんどん増やしたくて。

永:僕も協力させてください! なんなら曲も書きますし、『8 Mile』ばりのRAPバトルもやります!

黒:(笑)。

永:自分は売れなかった時代が長かったので、自分が地元を盛り上げるなんて夢にも思っていなかったけれど、今の自分だから資格があるというか、気持ちよく参加できる。こうして啓司さんと対談ができたり、宮崎を一緒に盛り上げましょうって言ってもらえて、ホントに感動してます。ワクワクを増やしてくれてありがとう。やっぱりLDHの皆さんは熱くてすごいです。

黒:僕も黒木啓司個人として、永野さんのように全国的に認知されるように頑張らないといけない。またここから“やってやるぞ!”と気合いが入りましたし、刺激をいただきました。ありがとうございます!